お久しぶりの更新ですが、この世のどこかにある『ナカノちゃんねる』からの発信です。

ナカノ実験室の発案 2013/03/31 [20:29]

幸せとは何か?

また、こんな話題を書いてみますけど。ほんまでっかTVの再放送を観ていると、玉木宏さんか誰かが「何もしてない時間に喜びを見つけられないと、今後、幸せを感じられることはない」みたいなDisを浴びておりました。

これって、私にも当てはまることだな…と思って、多少ショックだったのですが、果たして幸せとは何だろうか?

ちなみにこのスレッドは、雑談(コメントのやりとり)禁止として、各人の1回の発言で「幸せとは?」を書いてみて下さい。

私の幸せは、夢に向かって進んでいけた時のハズなのですが、最近、見失いがちです。しかもそれは「何もしてない時」じゃないという。玉木宏さんが幸せになれないなら、多くの人が幸せになれないのじゃないか?とも思えましたが。


パン好雄 2013/04/03 [22:58]

幸せの定義は難しいな。人によって違うだろうし。

昔は、嫌なこと、しんどいことを排除していった先に、「幸せ」という状態があると思っていた。嫌な人間関係とか、嫌だけどやらなければならないことがなくなれば、あとは楽しいことだけだと。

大学に入ると、また少し変わる。一人暮らしをして、いろいろなものから解放された生活が始まる。幸せだ。でも、何かの拍子に体育会系部活に入ってしまい、生活に、すごく嫌なことを導入してしまった。でも、本当にすごく嫌だったけど、それと同じように喜びも充実感もあって、「幸せ」と思うこともあって、その経験が今に生かされたりして……よくわからなくなる。しんどいことと、幸せなことは、表裏一体なのか? 

それとは、別に、相対的に「幸せ」を感じることがある。いわゆる、「宇宙的規模で考える」、あるいは「自分より不幸せな人のことを考える」メソッドだ。
自分が恵まれている、と感じることで、欲深で傲慢な自分をいさめ、「足りている」ことを知って、気持ちが落ち着く。
しかし、これは考え方であって、積極的に「幸せ」を感じることとは違うのかもしれない。「幸せ」と判断する、という理性的な作業のように思う。

今の、自分の状況をみると、十分に「幸せ」と判断できる。家族は今の所元気。仕事もなんとか順調。幸せを感じることも多々ある。毎日に、どうしても嫌なことというのはほとんどなくなった。
でも、ずっと「幸せ」を感じているかというと、そうでもない。強い負の感情もない代わりに、強い正の感情もない。昔思っていたことが実現しているというのに。

「足りている」ことを思い出し、欲深な自分をいさめていると、自分自身が「幸せ」を阻害する一因のようにも思ってしまう。

そしてもうひとつ、悪い事が起こらなくても、「不安」はいつでも襲ってきて、「幸せ」な気持ちを奪っていく。家族を失う不安。仕事を失う不安。将来のことを考えれば、僕の場合、問題がないわけではなく、いろいろなものを先送りしている部分もあるから、不安は切り離せない。そうなると、「幸せ」は感じられない。こういう不安は、幸せが大きければ大きいほど、やってくるように思う。

「幸せ」という言葉のイメージは、ある程度長いスパンの状態を指している気がする。たとえば、「あの人は幸せだ」「幸せになる」というような言葉の使い方。

しかし、そういう長い期間の幸せと言うのは難しい。なぜなら、幸せと感じたとき、幸せでなくなることも考えてしまうからだ。

その辺りを考えて、僕の中の「幸せ」の定義を狭くすることを考える。幸せとは、「ポジティブな感情(好き、嬉しい、楽しい)だけを感じている状態」とする。

僕の場合、どういう状態かというと、何かに集中しているときだ。

ゲームでも、小説でも、美味しいご飯を食べているときでも、家族と一緒に何かしているときでも、対象に集中している間、他のことは考えない。「幸せだ」とも感じてないほど、集中している方が良い。「幸せの終わり」を感じたとき、「幸せ」ではなくなるから。

そう考えると、「幸せ」はそこらじゅうにあるし、誰もがひとつやふたつ、「幸せ」を感じることを持っているはずだ。
そういう状態を日常的に持つこと、それが「幸せな人生」ではないだろうか。


肉 2013/04/05 [01:04]

幸せとは、心の安定です。


ナカノ実験室 2013/04/05 [11:17]

私の場合の幸せとは、多分、人生の目標が達成できた時じゃないか?と思っています。当面のところはジャンプ喫茶(旅館)、すごいブロガーになること、ブログの収益(及び副業)で食べていけること…などです。

人生の究極的な目標は、電子的なモノも含めて、後世に価値のあるモノを遺して、それを存続させることのように思えます。それは、結婚や会社化というのが、分かりやすいかも知れません。

ちなみに、このクローズドSNSからブログ記事を発信する、会話という意味での2ちゃんねる風の記事の作成方法も誰かに伝えたいことです(既にあるかも知れないけど)。


ただし、これらは「行う」という意味での幸せです。流石に日本社会において、何も経済活動に関わらないのは無理ですが、熊野(和歌山)に行ってみると、月10万円も稼げば暮らせるのじゃない?という生活を観てしまうと、大きな収入よりも「好きなことで生み出す」収入で生活すること。それがブログや演劇であればベストな感じかな。

そして、それらに共感してくれる伴侶が生まれれば良い感じでしょうか。結婚は、相手がいることだから、その部分は難しいが…。炊事&家事を極めて主夫を目指すとかもありかも知れない。



終わります。

発作的に投稿してみたのですが、色々と反応があって面白かったです。もっと、ナカノちゃんねるの人数が増えて色んな意見が飛び交えば面白いかな?と思いました。